「夕凪の街 桜の国」を観る。

広島で被爆した女性皆実は生き残ったことに負い目を感じ、幸せになることに罪悪感を感じている。
『わかっているのは、「死ねばいい」と誰かに思われたこと。思われたのに生きているということ』という原爆の被害者のリアルな心情が痛い。想いを寄せる会社の同僚打越の「生きとってくれて、ありがとうな」という言葉に救われるが、皆実の命の残りは少ない。
皆実の死の直後のモノローグ『原爆を落とした人は私を見て「やった!また一人殺せた」とちゃんと思うてくれとる?』は、原爆を落とした人間に届かない。原爆を落とした人間には、広島にいた一人一人の姿が見えていない。それが悲しい。
日本人なら全員見るべき映画だ。いや、世界中の人間はこの映画を見て、原爆を落とすことが、その下にいる一人一人の人間とその家族・子孫にどんな悲劇を与えるのかを知るべきだ。誰かに「死ねばいい」と思われたこと、誰かに「生きていてありがとう」と思われること、それは一人一人の人間の姿をきちんと見ることができるか、そこに一人一人の人間がいる想像力を持てるかどうか、ただそれだけの違いによるものなのだから。

夕凪の街 桜の国
http://www.yunagi-sakura.jp/